せっかくなので2001年9月11日にアメリカに居た人間として、あの時僕が何をしていたかと言う事をここに書き記してみようと思う。
あの頃僕はボストンに住んでいた。ボストンからNYは車で約4時間。実際の距離を日本に当てはめれば東京から名古屋くらいの距離はあるけれど、アメリカ的な感覚で言えば大分近い。すぐ隣の町という感覚だ。そんなすぐ傍の街であの事件が起こった。
あの日、4機の飛行機が墜落。2機がニューヨークのワールドトレードセンターに突っ込み、1機は国防省(ペンタゴン)に突っ込み、もう1機はピッツバーグ郊外に墜落。ワールドトレードセンターに突っ込んだ2機は両方とも当時僕の住んでいたボストンを飛びたった飛行機だ。
あの日、僕は朝の8時くらいから大学の授業があった。確か9時前に授業が終わって普通に教室の外に出た。その間、8時46分に一機目の飛行機がワールドトレードセンターに突っ込む。授業の後の9時ごろ、大学の英語の先生のリンダにちょっと用事があったので彼女のオフィスに立ち寄った。
僕「リンダ、おはよう!」
リンダ 「なんかNYで飛行機がワールドトレードセンターに突っ込んだらしいわよ。」
僕 「へぇ、なんかすごい事故だねぇ。」
その時点で、リンダにも彼女のオフィスに居た人々にもまだ笑顔があった。オフィスにテレビはなくて、みんなテレビの画像を見ていなかったので何が起こっているのかもイマイチ分かっていなかった。さらにこの時点で2機目の飛行機はまだ突っ込んでなかったし、テレビを見ている人たちもまだ皆何が起こっているのか分かっていなかったはずだ。
午前9時2分、2機目の飛行機がワールドトレードセンターに突っ込む。テレビを見ていたわけでもラジオを聴いていたわけでもなかった僕は、そんなことを知る由もなく、リンダとほんの2分ほど会話を交わして彼女のオフィスを出た。リンダと数分会話を交わして学校の隣のビルに移る間、なにやら雰囲気が慌ただしいような感じはした。しかし、気にも留めずに隣のビルまで歩いた。
次の授業は昼前くらいからなのでインターネットでもやろうかと思い、学校のパソコンの前に腰を下ろした。
そこで目にしたのはこんな衝撃画像。さすがに自分の目を疑った。合成写真か特撮か何かとしか思えなかった。信じられないけれど、どうやら事実のようだ。
隣でパソコンをやっていた人と一緒に「っていうかこれマジでヤバクねぇ?!」見たいな会話を咄嗟にした記憶がある。
ニュース速報などに目を通していると、10時ごろになって学校の警備員の人がやってきた。
「今日はもう休校になったから帰りなさい」と言われて家に帰った。

学校から家に帰る途中のバス。一番後ろの席に座ったのだけど、僕の隣には白人の姉ちゃんが二人座っていた。
僕:「君らも今日学校休みになったの?」
二人とも結構笑顔で
「そうなの~。これからどうなっちゃうのかしらねぇ」
意外と笑顔な二人の女子大生に少し拍子抜けしてしまった。
その日の夜だったか次の日の夜だったかは記憶がはっきりしていないのだけれど、アメリカ人の行列が僕のアパートの前を通った。
皆でUSA!! USA!! USA!! と言いながら歩いていた。あの瞬間だけは、アメリカ人の愛国的な言動に少しばかりの感動を覚えた。
愛国主義と全体主義というのは表裏一体な面もあるけれど、自分の国を思い自分の国を守ろうとするその思いはいいものだと思った。
これに関して語ると長くなりそうだ。


約8ヶ月後の2002年5月。グランド・ゼロ(ワールドトレードセンター跡地)を訪れた。まだ8ヶ月しか経っていなかったこともあって周りのビルの損傷も痛々しく残っていた。3000人の命を奪ったあのテロ。あの事件が本当に政治的に「過去のモノ」となり、現在の政治環境や政治的観点から切り離されて考えられる日は来るのだろうか。政治を抜きにして、世界の人々が犠牲者の冥福を祈ることが出来る日が来ることを願う。
下の2枚の写真は2001年1月、KG、Oやん、Y氏とでNYの自由の女神を訪れた時のもの。奥の方に、在りし日のワールドトレードセンターが見える。

あの頃僕はボストンに住んでいた。ボストンからNYは車で約4時間。実際の距離を日本に当てはめれば東京から名古屋くらいの距離はあるけれど、アメリカ的な感覚で言えば大分近い。すぐ隣の町という感覚だ。そんなすぐ傍の街であの事件が起こった。
あの日、4機の飛行機が墜落。2機がニューヨークのワールドトレードセンターに突っ込み、1機は国防省(ペンタゴン)に突っ込み、もう1機はピッツバーグ郊外に墜落。ワールドトレードセンターに突っ込んだ2機は両方とも当時僕の住んでいたボストンを飛びたった飛行機だ。
あの日、僕は朝の8時くらいから大学の授業があった。確か9時前に授業が終わって普通に教室の外に出た。その間、8時46分に一機目の飛行機がワールドトレードセンターに突っ込む。授業の後の9時ごろ、大学の英語の先生のリンダにちょっと用事があったので彼女のオフィスに立ち寄った。
僕「リンダ、おはよう!」
リンダ 「なんかNYで飛行機がワールドトレードセンターに突っ込んだらしいわよ。」
僕 「へぇ、なんかすごい事故だねぇ。」
その時点で、リンダにも彼女のオフィスに居た人々にもまだ笑顔があった。オフィスにテレビはなくて、みんなテレビの画像を見ていなかったので何が起こっているのかもイマイチ分かっていなかった。さらにこの時点で2機目の飛行機はまだ突っ込んでなかったし、テレビを見ている人たちもまだ皆何が起こっているのか分かっていなかったはずだ。
午前9時2分、2機目の飛行機がワールドトレードセンターに突っ込む。テレビを見ていたわけでもラジオを聴いていたわけでもなかった僕は、そんなことを知る由もなく、リンダとほんの2分ほど会話を交わして彼女のオフィスを出た。リンダと数分会話を交わして学校の隣のビルに移る間、なにやら雰囲気が慌ただしいような感じはした。しかし、気にも留めずに隣のビルまで歩いた。
次の授業は昼前くらいからなのでインターネットでもやろうかと思い、学校のパソコンの前に腰を下ろした。
そこで目にしたのはこんな衝撃画像。さすがに自分の目を疑った。合成写真か特撮か何かとしか思えなかった。信じられないけれど、どうやら事実のようだ。
隣でパソコンをやっていた人と一緒に「っていうかこれマジでヤバクねぇ?!」見たいな会話を咄嗟にした記憶がある。
ニュース速報などに目を通していると、10時ごろになって学校の警備員の人がやってきた。
「今日はもう休校になったから帰りなさい」と言われて家に帰った。

学校から家に帰る途中のバス。一番後ろの席に座ったのだけど、僕の隣には白人の姉ちゃんが二人座っていた。
僕:「君らも今日学校休みになったの?」
二人とも結構笑顔で
「そうなの~。これからどうなっちゃうのかしらねぇ」
意外と笑顔な二人の女子大生に少し拍子抜けしてしまった。
その日の夜だったか次の日の夜だったかは記憶がはっきりしていないのだけれど、アメリカ人の行列が僕のアパートの前を通った。
皆でUSA!! USA!! USA!! と言いながら歩いていた。あの瞬間だけは、アメリカ人の愛国的な言動に少しばかりの感動を覚えた。
愛国主義と全体主義というのは表裏一体な面もあるけれど、自分の国を思い自分の国を守ろうとするその思いはいいものだと思った。
これに関して語ると長くなりそうだ。


約8ヶ月後の2002年5月。グランド・ゼロ(ワールドトレードセンター跡地)を訪れた。まだ8ヶ月しか経っていなかったこともあって周りのビルの損傷も痛々しく残っていた。3000人の命を奪ったあのテロ。あの事件が本当に政治的に「過去のモノ」となり、現在の政治環境や政治的観点から切り離されて考えられる日は来るのだろうか。政治を抜きにして、世界の人々が犠牲者の冥福を祈ることが出来る日が来ることを願う。
下の2枚の写真は2001年1月、KG、Oやん、Y氏とでNYの自由の女神を訪れた時のもの。奥の方に、在りし日のワールドトレードセンターが見える。

